嵐カブラを見学に行ってみました


寸鉄塾(現在は『玉井よろず道楽研究所』の所長を兼務)の玉井さんの案内で、「嵐カブラ」を見て○○の大杉を見るということで参加しました。参加者は、私達夫婦と中央3丁目にある割烹「泰平」の大将、米松にある八百屋「佐藤久」の大将の5人です。


嵐集落
は大野から和泉村に行く国道158号線を、刈り込み池(鳩ケ湯鉱泉)へ行く道を入って、橋を渡ったところで、左に曲がって行くとあります。鳩ヶ湯鉱泉は、日帰りお風呂もあり、おろしそばも食べれるので、何度か行ったことのあるのですが、この嵐集落は初めての訪問です。

嵐集落は、昔は20世帯ほどいたということですが、現在は3世帯に減少しているそうです。玉井さんの誘いがないと、なかなかこの様な集落に来ることはありません。

ただ、訪問を予定していた佐々木さんはあいにく留守で、この方の作る食事がおいしいとの事だったので、非常に残念でした。

一応、玉井さんは佐々木さんに若狭路博で「嵐カブラ」を展示するのにいくつかもらう約束をしていたので、私達も少しもらいました。

佐々木さんは家の横の畑で作っておられるようですが、裏の斜面の畑でも作っていました。私達はこちらのほうのカブラをもらいましたが、まだ早いようで小さいようです。


後で「ふくいの伝統野菜」の本を読むと、この嵐集落では焼き畑をしていて、ヒエ、小豆、カブラを作っていると書いてありましたが、そうするとこの斜面が焼き畑の場所なのかもしれないですね?(今度いつか食事に来るときに、聞いてみようっと!)

嵐カブラは、畑で見たとき 赤色だった様に見えたのですが、家で洗って見るときれいな紫色でした。

写真で分かるように、上部が赤紫色で、下部が白色で、かなり和泉村の「穴馬かぶら」に似ています。

 

この写真のカブラを家で輪切りにしてみそ汁の具にしたのですが、これはちと失敗でした。なんか青臭さが残ってしまって、うまくいきませんでした。

もっと煮込むと、この青臭さは無くなるように思いますが、このかぶらはわりと柔らかいので煮くずれしてしまいそうなのでできません。(しばらく保存をしてから使うとこの青臭さが無くなるかもしれませんが、そんなに数を採って来なかったので、これも将来の宿題ですね)


嵐地区では、このカブラを塩漬けにした漬け物にして食するようです

なお、○○の大杉は、佐々木さんの裏の山の頂上あたりにあるそうなのですが、案内の玉井さんが道を間違えたのでたどり着けませんでした。玉井さんはこの杉に何回か来たことはあるのですが、何年も前のことであり、また土地の人だけが歩く道で標識もないため、道を取り間違えた様です。これも今度リベンジです。

その代わり、下打波集落の白山神社には、桂の大樹がありました。

根回り15m、樹高29mの堂々たる風格を漂わせています。この大樹は、養老元年(717年)に泰澄大師が、食事をした箸を大地に差したのが芽が出て、今の大木になったといわれています。

 


なお、このあと西勝原駅の近くで、玉井さんの案内で、「そらのあお」という名の喫茶店にいきました。しかし、この店は道路からは非常にわかりにくく、よくこんなところで営業しているなぁ?と思える場所で営業していて、道案内が無ければ絶対にこれない喫茶店です。

ここで偶然、玉井さんの知り合いで、奥越地区の方で絵を描いている近藤さん(女性)に会いました。

この方は、しょっちゅう山に登っている方で、先週も白山に登って来られたと言っていましたが、この人の話によると、「そらのあお」は、電車で荒島岳に行く登山客や、彼らの口コミ、それと近所の人達が来るということで、実際かなりのお客がいました。

この店は、おろしそばも出していて結構おいしかったですが、大根おろしが辛くないのが残念でした。

(残念ながら「そらのあお」は現在閉店している様です)


 

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